アカデミックハラスメントの被害を受けたくなければ学生自身がそのような環境を作る努力が必要であろう。

 学校経営者は学校サイドの人間で、学校の利益を守るために活動することが考えられる。従って、アカデミックハラスメントが起きた際にはこれは問題だとせざるおえなくても学校のダメージを少なくする方向に行動する可能性がある。
 学校従業員も、問題にせざるおえなく問題とする場合があったとしても、係として仕事として対応したというまでの話で、学生に対してハラスメントと認定される内容が少ない方がその学校従業員自身にとって得であり、学生のことを本当の意味で考えてはくれない可能性がある。
 政治家は、どうしても自分がこれから学校に行く必要はないであろうから、国民に自分が評価されるというチャンスであれば自分自身にプラスの評価になるのであれば動くということになる可能性がある。
 行政を行う公務員は、自分が学校にこれから行く必要はないであろうから、仕事として係として自分の対応に責任を問われないように対応するということになる可能性があるであろう。
 マスコミは、その報道がビジネスとして役立つのであれば取り扱うかどうか判断するということになる可能性があるだろう。そして、マスコミは誰かが被害を受けたとしても、視聴者がいてビジネスになることが起こらないと困るということが考えられるだろう。誰かが被害を受けることが起こるのが良いことかどうかという問題はあったとしても。
 弁護士は、弁護士という仕事・ビジネスとして取り扱うかどうかということになる可能性があるだろう。そして、誰かが被害を受けて仕事の依頼がくるということがなければ弁護士は困るということがあるかもしれない。誰かが被害を受けるのが良いことかどうかという問題はあったとしても。


 結局、上に挙げた人全て、学生がアカデミックハラスメントを受けずに楽しい学校生活をして欲しいと純粋に学生のためにそう思っている人はいない可能性がある。

 〈アカデミックハラスメントを受けないように学生ができること〉
・アカデミックハラスメントを批判する内容をインターネット上に発表し、アカデミックハラスメントを問題とする社会環境を作る。(匿名でインターネットに発表することもできるであろう。)
・大学の授業選択において、調査を行い問題教員の授業を選択しないようにする。
・卒業者・中退者・在学生や発表などから調査し、問題教員・問題従業員とはなるべく関わらないようにする。
・アカデミックハラスメントを受けたらあるいは他人が受けているのを知ったら、学校・警察・消費者庁・国民生活センター・弁護士・友人・親・自分よりも頼りになる大人などから適切で自分がここと思う相手に、通報・相談・抗議などから適切でこれと思う内容を行う。(他人が被害を受けている場合でも、次は自分がその従業員または別の従業員から被害を受けることになるかもしれません。)
・アンケートに発生したアカデミックハラスメントの内容を反映させた記入を行う(複数の人で行うのも一つの方法かもしれない)。問題教員の教育業務からの排除を求める記述を行うのも一つの方法かもしれない。
・署名活動や意見書や質問書を提出するのも一つの方法かもしれない(複数の人で行うのも一つの方法かもしれない)。


 〈アカデミックハラスメントを受けると特に困ると思う場合〉
 選択授業で今回その授業で単位を取れなくても、次の学年に進めてもう一度別の授業を選んで単位を取れば進級・卒業に問題ない場合は、アカデミックハラスメント受けさらに不当に単位を取得できなくても、被害を受け余分に作業をしなければならなかったとしても、なんとかなる場合もあるかもしれない。だからといってアカデミックハラスメントを問題ないと言っているわけではありません。
 しかし、研究室配属のような一定期間それなりの時間それなりに関わって過ごす必要があり得て、さらにその結果進学や就職や起業活動や他の大学生活にも大きな影響がでるかもしれない場合大問題になるかもしれない。

 〈こんな人は比較的アカデミックハラスメントにうまく対処できるかもしれない人〉
 正社員・起業などでそれなりの活動をしていてそのなかでアカデミックハラスメントへの対応力をもって大学へ入学し、アカデミックハラスメントに対処するのをそれほど難問とは思わない人。  
Posted by 大学教員を許さない at 00:45Comments(0)
 幼児などの年齢の低い子供の教育をどうすべきかについて考えてみる。

 まず、親や家庭が何を子供に教えどう育てたらよいかについて、しっかりと知恵を持っていて経験や学んで知っていることが重要だろう。教育って学校教育とか学習塾を含めた習い事だけではないのだ。親や家庭が教えることだって教育で、親や家庭が教えることって重要なのだ。

 年齢の低い子供の教育を学校や習い事など、親や家庭のような自分達以外に全てを任してしまうという発想はとても理解できない。こんな重要なことは親や家庭が自分達でしっかりとするべきことだろう。特に子供の年齢が低い時期は親や家庭が子供の教育にしっかり関わるべきだろう。教育というのは国語や算数を教えることだけを意味するのではなく、生きていく上で遭遇することあらゆることに関して教えることを意味する。その人の人生がすばらしいものになるように育てることが重要だろう。

 学校や習い事といっても、そこで登場する人が必ずしも優れた人間性の持ち主とは限らない。問題人物、教育者としてふさわしくない人もいるだろう。人間性に問題があり問題人物である人がいるのは教育業界だけではないだろう。他の業界にもいるだろう。人間性に問題がある人になったのは、仕事以外のことが原因かもしれないし、仕事環境がそうしたのかもしれない。社会にとって正負のどちらの影響かは何をもってそう判断するかだが、ある見方をすれば負の影響を与えている仕事があるだろう。様々な仕事を思い浮かべてほしい。そういう負の影響を社会に与える仕事を作業としてするうちに環境が人間性を狂わしていったのかもしれない。しかし、母親が母性を狂わせそれで子供を育てることがよいことだろうか。もちろん現実問題お金は重要だ。収入を得る活動をする必要がある場合はあるだろうし、母親が働かなくても万一収入を得ている人が病気になった時のためとか、生きがいとか、貯蓄とか、そういうために働くことを否定しない。しかし、母親は人間性を狂わせ母性を狂わせるようなことにならないようにすべきだろう。

 資本主義と、共産主義や社会主義という対立軸について、資本主義や共産主義や社会主義といっても様々な有り様が考えられるだろうが、共産主義や社会主義が全体主義思想・画一化に行き着くということを考えることができたとして、資本主義はどうかというとやはり金儲けで資本家が資本を多くもつと独占の方向に向かい資本を通して社会を画一化する方向に進むことが考えられるであろう。

 何を右派左派というかの問題はあるにせよ、極左を北朝鮮のような共産主義とした時、個性や自由を失った全体主義や画一化されたものの強制になるし、極右を国粋主義・排他主義・ナショナリズムの極端なものとして考えるならこれもやはりある領域内であるものを押し付ける画一化になるだろう。

 グローバル化といった時、国境をなくし全てを均一にすることを極端におし進めるとこれも画一化になるだろう。

 共通することは画一化・没個性である。
 個性・個人を大切にするか画一化・全体化するか、この視点を取り入れて物事を考えると別のものが見えてくるのではなかろうか。

 学校教育はその内容を作る勢力が支配してしまえば、個性を消し画一化するための道具になる。学校は人間を家畜として飼う道具となるのだ。学校で教えていることが世の中の全てであるわけがない。

 もちろん日本語が使えたり、算数ができたり、これはある程度みんなに共通してできるようにした方が今の世の中良いのではないかということもあるだろう。たとえある一つの授業時間のあるクラスの単位であっても画一的なことを一切教えてはならないなどと言っているのではない。
 また、日本人という民族の独自性を否定するものでもないし、大規模自然災害の時には国のことや自国民のことを思うのを悪いと言っているわけではない。問題としているのは国家が個人を支配してしまうことである。
 他国が大規模自然災害の時にあった時、支援するのを悪いと言っているわけではない。

 年齢の低い子供の教育は、親や家庭での教育を重視し、個性を大切にすべきである。その上で習いたいのなら習うとよいことは習い事などを使い、学校もどうせ行くなら役立つ部分は役立てると良いのだが、個性を喪失し人間性を喪失しないようにしたいものだ。学校教員には人間性が壊れた人がいる、悪い影響を受けないことだ。学校の問題点を理解しておくべきだろう。学校は人間を統制する道具だ。
  
Posted by 大学教員を許さない at 01:00Comments(0)
 大学教員でろくなことをしている人がどのくらいいるだろうか?
くだらないことをして時間をつぶしている大学教員って多いのではなかろうか?
研究、あなたの研究何の意味があるの?
意味がないことをやることに価値がある、すぐには価値がなくてもいつか価値がでるかもしれない、こんな答えはくだらない。本当にいつか価値がでるとその時は良いのだが。
教育、教えている内容に価値があるの?相手ができるようになるよう指導する力はあるの?
大学教員はアカデミックハラスメントを行ったり、大学生を奨学金返済で困らせたり、くだらないことで学生の時間をつぶしているのである。

 大学教員なんか単位・卒業証書発行の力があり、だからやっている仕事はくだらなくても権力があるわけだ。
大学教員に権威を感じる人感じない人いるだろう。自分が大学教員に権威を感じなければ権威はなくなる。
もちろん、単位・卒業証書発行に権力はあるが、権威がなくなれば権力も弱まるだろう。
権威がなくなれば、講演の依頼や兼職みたいなことをして欲しいという依頼も大学教員なんか相手にしても仕方がないとなるだろう。そうすれば権力は弱まるだろう。
行く価値のない大学にみんなが行かなくなり大学に行く人が減れば大学教員の権力は弱まるであろう。

 大学教員の権威を崩壊させ、権力を弱体化させるべき時ではなかろうか。  
Posted by 大学教員を許さない at 00:21
 入試の面接の質問、志望理由、これはふざけた質問だ。
答え、くだらん学校だが、高校卒とか大学卒になりたくて、資格が欲しくて、他よりましそうな学校だから。
なお、この答えを入試でして不合格になってもどうなっても入試結果には責任をもてません。

 金をとり、時間を奪い、ろくな指導をしないから実力がつかない、これが学校だ。
ただ単に単位とか卒業証書とか資格が取れるから行くだけの話だ。それがあるから学校には力があるだけの話で、それがなければガラクダだ!

 ろくな指導をしないくせに、単位や卒業の基準だけあげられたら、学生にとって迷惑。
学校は金を払ってもらうのではなく、学生にろくな指導をせず時間を奪う迷惑料を払うべき。

 学校に行ったせいで、いじめやハラスメントのように被害にあっている人もいるだろう。死んでいる人もいるだろう。
金を払って被害を受けに学校へ行きたいかよく考えよう。
金を払って行くに値するところかよく考えよう。

 成績なんて教員の気分で評価基準を作ればどうにでもできるものだろう。
特に、大学なんて、教員の気分で嫌がらせとかで単位を取れないようにしたり、何をしてくるかわからないだろう。
卒業・進級に必須の単位で嫌がらせで単位を取れないようにされたらどうする?
どんな教員が学校ででてくるかわからない。
仮に、この人はいい人と思う人がでてきても、変なのがいて、それのせいで卒業・進級に影響するかもしれない。
そういう不安がある学校に行くべきかよく考えるべきだろう。

 特に大学院、研究なんてどうなるか運不運もあり、テーマを教員が決めたら、自分で決めるのだって教員が承認しているだろうしやってみて上手くいくいかないがあるだろう、そんなんで卒業できるか気にしないといけないって精神的に良いことか?
だいたい、研究なんて運不運もあるし、何をもって努力したか、基準に到達したかなんか判断が難しいだろう。

 仕事をすれば、金をもらいながら、金を稼ぐ方法を学べる。学校に行くのとどっちが得か?特に大学院。
今学校で楽しくしていても、いつどんないじめやハラスメントなどを受けるかわからない。

 仕事をしながら学校に行くのも一つの方法かもしれない。
これなら学校をやめてもそもそも学校より仕事がもともと大切だし、教員にふざけた態度をとられる可能性が減るかもしれない。

 大学教員・学校教員、こいつらは尊敬すべき存在でない。他人の人生を破壊する人間のクズ、社会のゴミ、そうではないかと思って考えてみるとよいかもしれない。
  
Posted by 大学教員を許さない at 14:52
 学校へ行くなら学校を選ぶべきだ。習い事(学習塾を含む)も同様。
もし学校・習い事(学習塾を含む)へ行くなら選択の観点の内のいくつか。(別に行くように勧めているわけではないし、他にも選択の観点はあるだろう。)

 学校教員・大学教員・学校従業員が犯罪やハラスメントなど問題を起こす学校、学生が犯罪を犯す学校、学生が自殺する学校、こういうことは知っておくべきだろう。
ある学校で過去にそういうことがあったとしたら、その組織と関わることにより、学生にとって悪い結果になる環境がその学校には存在する可能性がある。
あなたがその学校と関わると不幸せになるかもしれない環境だ。
学校側の人間が原因であれ、学生が原因であれ、原因が何であれ、その組織と関わるでもし自分が不幸せになるとしたらどうだろうか。
例えば、犯罪被害を受ける、自殺する、従業員にハラスメントを受けその結果自殺するかもしれない、自分が犯罪を犯してしまう、これらのことが、その学校の環境がそうなるように後押しする環境で自分がそうなったらどうであろうか?
その学校、どういう環境か考えるべきではなかろうか。

 その他のこととして、サービスをしっかり提供できる経営見通しかどうか。
例えば、放火された場合その学校が悪いのかという問題があるだろう。
学校に問題がある場合、そうでない場合あるだろう。
しかし、利用者として損しないためには、自分がサービスを受けることができなければ意味がなく、その学校がサービスをしっかり提供できる経営見通しかどうかを考えるべきだろう。  
Posted by 大学教員を許さない at 16:29
 放射能がまき散らされてもニコニコしていればいいのだという考え方らしい山下俊一で有名な長崎大学、これはもはや長崎大学は人を殺すための象徴といえるだろう。
 人々を殺すつもりか。

 長崎大学を人を殺すための象徴とみなす。
 長崎大学の従業員を人を殺すための象徴の協力者とみなす。

 長崎大学はいらない。廃校しろ。

 長崎大学はもはや大学とは言えないだろう。
 人々の敵である。

 早く長崎大学、廃校しろ。
 こんな大学に税金をくれてやる必要はない。

 長崎大学さん、日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターの事故、肺からプルトニウムが検出されてもニコニコしていればいいのでしょうか? 
  長崎大学さん、広島および長崎の原爆投下、放射能で死んだ人や病気になった人はニコニコするのが足りなかったから死んだり病気になったのでしょうか? 
 長崎大学さん、では、仮に北朝鮮が核ミサイルを日本に落としたとしても、ニコニコしていれば放射能は大丈夫なのでしょうか?

 長崎大学いらない、廃校しろ!
  
Posted by 大学教員を許さない at 21:03
 学校、もうこれはひどい存在としか言いようがないものだ!
学校は無料でも行くに値しない。学校は学生に迷惑料を支払うべきだ。

 学校に行っても教え方が下手くそで時間の無駄。
単位と卒業証書や証明書を発行してくれれば用はない。

 学校に行って死ぬ人がいる。いじめ。
学校教員による被害。

来た人に被害を与える事業所ってなんだそれ?ちゃんとサービスできないのか!

 金を失う。奨学金とかいって苦しむ人がいる。

 大学教員で自分の誕生日会の類を開くやつがいるだろうが、まともな感覚してんのか!
他の従業員を巻き込んで何やっているのだ。
もしかして、学生にそんなことにつきあわせているのかな?

 学校は教員による学生への横暴の場。  
Posted by 大学教員を許さない at 23:07

2017年05月20日

子供の教育

 子供の教育、それはやはり、子供の時に自然体験をさせたり、習い事などで個性を伸ばすのがよいのではないかと思う。
入試勉強はそれはそれで一つの技術でも、結局個性が人生を豊かにするのではないかと思う。
そして、これはやってはいけないということ、それは絶対に守らせるべきであろう。というか、守らないと、インターネット上に悪い情報が存在してしまい、信用問題がついてまわる可能性があるであろう。

 さて、そうやって、個性豊かで悪いことをしない人になったとしよう。

 しかし、人間は、自分一人だとそんなことしないという人でも、複数の人といるときに、影響を受けて変わってしまうことがあるのではなかろうか。

 学校に限らないが例えば学校を通して、悪い影響を受けてしまうかもしれない。
例えば千葉大学医学部の集団レイプ事件は、もともとそういうことをする人がしたのか悪い影響を受けてそうなったのか知らないが、悪い影響を受けてしまったのかもしれない。
学校に行く場合、その学校に行くことによって悪い影響を受けないか、悪いことが起こるような環境にその学校がなっていないか考えるべきだろう。
また、学校に悪い環境という問題があっても、悪い影響を受けやすい人受けにくい人がいるだろうから、自分自身が悪い影響を受けない方に入っていて(厳密に必ず全く受けない人がいるかは分からないが)、自分の身を守れるようにしておくべきであろう。
学校に行ったがために、例えば、犯罪の加害者になるように影響を受けたり、いじめで自殺したりしないように、自分を守れるようにしておくべきであろう。

 小学校入学以前とか、保育園や幼稚園にも行っていない時どうするか、それはもちろん重要だろう。よくすべきだろう。
しかし、そこでいくらよくしても、その後所属した集団、一緒にいる人の影響で、どうなるか、悪い影響を受け悪い結果が起こらないようになっているべきである。
  
Posted by 大学教員を許さない at 15:39
 学校教員・学校従業員はまともな思考ができるのであろうかと思う。

 宿題をして来ない、遅刻してくるとか言っても、その宿題をすること、遅刻しないことがどれだけ価値があるのだろう。
 好きなコンサートなら遅刻しないのではないか、学校に魅力がないのでは?
 さらに、個人的な意見の違い、多様な価値観のなかでの考え方の違い、なんで学校教員が基準になるの?そんなことでの学生への弾圧、最悪。そんなこと世の中で通用しないって!!

 さて、千葉大学の集団性犯罪事件、大学従業員も関与していたが、世の中他にも大学従業員の犯罪って起こっているだろう。
 失敗した、それが法律違反だった、という小さなことをではなく、わざととか大きな事件があるだろう。

 おい、学校教員・学校従業員、お前ら理解できるか、
 宿題をしないからなんだ、5分遅れたからなんだ、
 学校従業員が集団レイプを推し進めて集団レイプの被害を受ける恐れが学生にはあるのだぞ!!
 集団レイプがあるのだったら、恐喝や殺人だってあるかもしれない。
 そういう可能性のなかに学生はいるのだぞ!

 脅威を感じている学生がいたら学校教員・学校従業員ども、お前らどうするんだよ!!
 おい、学校教員・学校従業員、お前ら理解できるか、まともな思考力あるか、
 宿題や5分遅刻したことと、千葉大学集団性犯罪事件やその他明らかにわざと起こしたと理解できる大学従業員の犯罪行為、どっちが問題か分かるか。
 お前らが学生に怒っていることと、明らかにわざと起こしたと理解できる大学従業員の犯罪行為、どっちが問題か理解できるか。
 お前らが怒っている学生・低く評価している学生(あくまでもお前の世の中のある人がしたにすぎない評価、もっと別だと高く評価するかもしれない評価である)と千葉大学集団レイプ犯の学生・大犯罪者の学生、どっちが問題かわかるか、学校教員・学校従業員ども、お前らまともな思考力あるか??
 千葉大学集団レイプ犯の学生・大犯罪者の学生のどんな指導をするのだよ!!小さなことでお前らが怒っている学生・低く評価している学生、学校教員・学校従業員どもにはこの人達はたとえ法律を守る善良な住民であったとしても、問題のある人間なのか?

 学校教員・学校従業員どもお前らまともな理解力・思考力があるのか???
  学校教員・学校従業員どもお前らまともな知性があるのか???


 こんな学校教員・学校従業員ども、学校みたいなもの評価に値しないって!!!  
Posted by 大学教員を許さない at 22:46
 千葉大学は集団レイプ・犯罪実行教育推進団体だ!

 従業員が学生とともに性犯罪を行った千葉大学、これは集団レイプ・犯罪実行教育推進団体だ!

 「柵だ、安全の柵を作るのだ、
 千葉大学の周囲に安全の柵を作り千葉大学従業員を敷地内に寮を作って全寮制にし、必要な店はすべて大学内にそろえ、大学内のみで生活できるようにするのだ!
 出入りは検問等厳しく監視すべき!
 千葉大学従業員が街を徘徊して日本に住む人の安全への脅威になるのを防ぐのだ!
 金は千葉大学に払わせる!!!」

という方向で日本の安全を守ることができないか検討すべきである。
 犯罪を推進する大学に税金をくれてやる必要はない。財源は千葉大学従業員の報酬を削減すればよい。
 必要な法律等を整え、実行できないか検討すべきである。

 こんな大学に税金をやる必要はない。国会・行政、しっかり対応してくれ!!

 それから、集団性犯罪の実行犯の学生、仮にこいつらが大学入学以前に行った学校・学習塾及びそこの従業員でこいつらのことをすごい人だという方向で評価したのがいた場合、学校・学習塾名そしてその従業員名を明らかにすべきだ。
 こいつらただの犯罪者・悪人だろ。人格劣等。
 仮にこんなやつを優れた人だという方向で評価していた学校・学習塾及びそこの従業員がいたならば、こういうただの危険人物・要注意人物としかいいようがないやつらを育て高く評価したのが何か誰か、そいつらの責任はどうなるのだ。被害者がいるのだぞ。

 こいつら勤務に参加とか授業への参加に問題はないと、我々が理解してよいと思われることを千葉大学は発表していたが、こういう従業員とか学生が勤務・授業に参加している方が問題だろ!!
 千葉大学、集団レイブ犯とか今回の件の犯罪人、千葉大学の病院を徘徊していたかどうか明らかにしろよ。
 千葉大学の病院では診療と称して性犯罪は行われていないのですか?
 こういうことに対する答えを私は知らない。
 仮にまだ世間に示していないのなら公表しろ、仮に公表していても私は知らないアピール不足。

 もし仮に、倫理を教えるとかいって他学生に追加の時間拘束を強要するなら、アルバイト料を稼げず学生が困ったらどうするのだ、千葉大学従業員。
 お前ら従業員は仮に倫理を聞くのでも給与をもらえるかもしれないが、学生は迷惑だろ!
 といって街で千葉大学学生に犯罪の被害を受けたらたまったものでないのだが。
 だからお前ら千葉大学従業員にはまともな教育力なんてないのだから、というか従業員が犯罪を犯して教育が必要な方なのだから、千葉大学はさっさと廃校しろよ。  
Posted by 大学教員を許さない at 00:09