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Posted by つくばちゃんねるブログ at
 まずはじめに、学校でいじめられて自殺した人・自殺未遂者などの方、嫌がらせ目的とかそういう方向性でこれを書いていないということを述べておきます。

 学校でいじめられたからといって自殺すべきではない。
なぜなら、学校で習うことは、全てかどうかはおいておいても学校以外でも学ぶことができる。
本やインターネット(動画を含む)を使って自分で勉強することができる。
学校以外に教えてくれる所がある。学校で習うか別の場で習うかの違いで例えばスポーツはスポーツだ。


 人との関わりとかいってみても、自殺する程のいじめを受けて、その状態で、学校での人との関わりを学ぶとかいうレベルの話でないだろう。
学校以外にも人はいるし、似たような年齢の人と従業員(学校にもよるだろうが)の環境って一つのある環境ではなかろうか。

 いじめる人の前に自分がいるからいじめられる面はあるであろうから、転向・卒業・中退などその学校から離れた後は、そういう学校とは関わらないのも一つの方法かもしれない。

 学生は客だ、いじめを受けて自殺しそうな場合、従業員がいじめ問題を解決していないという状況があることは確かであろうから、その学校に関して上に書いたことを参考にしてみてはどうか。
なお、義務教育の小学校・中学校を休むことが良いことかどうかについては、良いとも悪いともその他の意見に関してもこの文章にて述べない、コメントしないこととします。  
Posted by 大学教員を許さない at 00:15
 理科系の大学院へ行って修士・博士をとろうと思っている人、やめたほうがいい。
金がかかる、そして、金を得る機会を失う。
研究室のテーマに沿って研究って、そういう研究室の研究を進めるのは従業員を雇ってすべきこと、金を払う客は自分のためになることを学ぶべき、しかし、研究室のテーマを進める作業をやらされる可能性あり。
返済必要な奨学金を抱えて大学院生活が終わる、実質的借金が増えていくと思いながらの大学院生活、それって精神的にいいことかなという疑問あり。
大学院後の実質的借金にしばられた生活は楽しいのでしょうか?
その前に、大学院後の生活はあるかどうか、大学院で大学のせいで自殺に追い込まれることがないなんて言い切れるかなという疑問あり。

 それでも大学院へ行きたい人は、上述のこと、よく考えてからどうするか、私の人生ではないので私が決めることではない。
お金のことがきちんとできていて、中退しようが大学院を修了しようがお金のことは大丈夫という人のことは知らないが。  
Posted by 大学教員を許さない at 23:47
 医学部の大学による不正入試、実は大学従業員による学生へのハラスメントや大学従業員のせいで学生の自殺と同じ部類と見て構わないだろう。
学生を返済しなければならない奨学金という借金づけにし、学生が奨学金返済に困り死んでも関係ないなのでは?、大学従業員は何をしてくれるのかな?、
どこかの店で、客にハラスメントをしたり、従業員のせいで客が死んだり、そんなの通るかな。
これらの問題は、要するに、大学従業員は学生を殺そうが何をしようが構わない、学生は大学に金をたくさん出せ、学生はどうなっても構わない、という発想で大学が運営されている、大学が横暴の場であるということが根本にあるであろう。

大学に限らず学校自体がそうであろう。
学校ってできるように指導をきちんとできているのかな。
そうしたらできない奴を留年させるとかふざけた発想になるのだろう。
まともに教える能力を発揮しないくせに、つまりできるように指導しないくせに、基準だけあげて留年させるとかそういうふざけた発想が学校であろう。
できるように指導しない、学生への迷惑行為、大学は従業員の横暴の場。

医学部不正入試だが、受験料を払っている場合、虚偽の内容で金を仮に集めた場合があれば、詐欺という犯罪になるのでは。
犯罪者がいる場合には刑務所へ行っていただきたい。
子供がちょっとしたものを万引きしたら犯罪とかいうのだったら、仮に犯罪行為があれば立件すべきである。
教育とかいうけれど、教育されるべきは学校従業員である。
小学校・中学校・高校の従業員も学生に犯罪を犯してはいけないとか偉そうにいうのだったら、普通に考えて医学部不正入試に犯罪者がいる可能性が大いにあると思われるが、100円の万引きより、もっと大きな医学部不正入試に犯罪者がいるかどうか、いるなら立件されるべき、この問題どう考えているのかな。

医学部不正入試に犯罪者がいる場合、犯罪者は刑務所へ行ってください。

不正をした大学は、合格基準に達していない人が卒業している可能性があるのですよね。そこの卒業証書はそういうものなのですね。
疑問なのだけど、実際どうなっているのかな。

ついでに、医学部に金を払って金の力で入った人が世の中にいると思っている人がいるかもしれないが、そういうことがあるかどうか、不正入試が金を払った見返りに本来合格でない人を合格にしたことがあるかないか、このたぐいの問題に関し著者はあるともないともその他事実がどうかはこの記事にてふれませんが、どうなのか、調査し公表すべきなのではと思う。
  
Posted by 大学教員を許さない at 23:40
 お金に関して(奨学金や資金支援制度のようなものについて)

 防衛医科大学校や自治医科大学や産業医科大学ではお金に関して実質的に支援する仕組みがあるかもしれない(正確な情報は各自で確認してください)。他の医学部医学科でも、勤務地や仕事内容に条件がついて、お金に関して実質的に支援する仕組みがあるかもしれない(正確な情報は各自で確認してください)。

 しかし、お金に関して支援があるということは、その代わりに何かがあるかもしれない。
もし、途中でできなくなったら、ついていけないとか、病気や事故とか、現実を見て耐えられないとか、国家試験に受からないとか。
その時に、お金を返還しないといけないのかどうか、利子がいるのか、いるとしたらどのくらい。
保証人・連帯保証人についてはどうか。
病気や事故で続けることができなくても返還しないといけないのか、自分が死んでも保証人・連帯保証人が必要な場合その人たちは払う必要があるかどうか。

 自分や保証人・連帯保証人が自殺したり自己破産したとしても、願書を出すまでは受験者数や受験料確保でいらっしゃいませで、いざとなったら自己責任です、とならないか?従業員にとってあなたは他人だ、いざとなればどうでもいいとできるわけだ。
 きちんと書面なり何か証拠に残る形で法的に認められる形で正確にはどんなのだったらいいかは自分で考えてください、とにかく何かいいことを言ってきてもその辺りのことを納得にいくようにしておかないと後で想定外の困ったこととなるかもしれない。

 もし仕組みが、後で何かをするように指定されていることをしなかったらお金を払う必要があるのだったら、借金しながら在学すればするほど額が大きくなるのだったら、それって借金が増えていくのを感じながら在学することになり、精神的に負担ではなかろうか。憲法との兼ね合いで、債務奴隷ではありませんと説明するかもしれない(ここの部分について受験先がどう説明するか分かりません)が、実態がもし指定した労働をしなければ金を払う必要があるのなら債務奴隷である。

 受験時確認しないと、時間が無駄になったとか、お金が無駄になったとか、知らずに入ってしまって困ったとか、合格したけど実態を知って入学しないのでこれだったらそもそも受験しなかったので時間やお金が無駄とか、その辺りの可能性についてはどうか。

 奨学金にしても、返済が必要な場合、上に書いている内容を奨学金に変えて参考にできる部分を考えるといかがか。奨学金に関しては、医学部医学科志望者以外にも参考になるだろうし、医学部医学科以外でもお金の支援の仕組みがあったとしても実態がどうか、上に書いてあることを参考にできるかもしれない。

 そこに入るかもしれないということで受けるかどうか考えるわけだし、受験料を払ったりお金を払って入学するなら、きちんと調べておいたり問い合わせるといいかもしれない。ただし、こんなことを聞いてくる奴は不合格にするとなるかどうかは分かりません。実際問題何をしているかしていないのか分からないので。  
Posted by 大学教員を許さない at 00:52
 アカデミックハラスメントの被害を受けたくなければ学生自身がそのような環境を作る努力が必要であろう。

 学校経営者は学校サイドの人間で、学校の利益を守るために活動することが考えられる。従って、アカデミックハラスメントが起きた際にはこれは問題だとせざるおえなくても学校のダメージを少なくする方向に行動する可能性がある。
 学校従業員も、問題にせざるおえなく問題とする場合があったとしても、係として仕事として対応したというまでの話で、学生に対してハラスメントと認定される内容が少ない方がその学校従業員自身にとって得であり、学生のことを本当の意味で考えてはくれない可能性がある。
 政治家は、どうしても自分がこれから学校に行く必要はないであろうから、国民に自分が評価されるというチャンスであれば自分自身にプラスの評価になるのであれば動くということになる可能性がある。
 行政を行う公務員は、自分が学校にこれから行く必要はないであろうから、仕事として係として自分の対応に責任を問われないように対応するということになる可能性があるであろう。
 マスコミは、その報道がビジネスとして役立つのであれば取り扱うかどうか判断するということになる可能性があるだろう。そして、マスコミは誰かが被害を受けたとしても、視聴者がいてビジネスになることが起こらないと困るということが考えられるだろう。誰かが被害を受けることが起こるのが良いことかどうかという問題はあったとしても。
 弁護士は、弁護士という仕事・ビジネスとして取り扱うかどうかということになる可能性があるだろう。そして、誰かが被害を受けて仕事の依頼がくるということがなければ弁護士は困るということがあるかもしれない。誰かが被害を受けるのが良いことかどうかという問題はあったとしても。


 結局、上に挙げた人全て、学生がアカデミックハラスメントを受けずに楽しい学校生活をして欲しいと純粋に学生のためにそう思っている人はいない可能性がある。

 〈アカデミックハラスメントを受けないように学生ができること〉
・アカデミックハラスメントを批判する内容をインターネット上に発表し、アカデミックハラスメントを問題とする社会環境を作る。(匿名でインターネットに発表することもできるであろう。)
・大学の授業選択において、調査を行い問題教員の授業を選択しないようにする。
・卒業者・中退者・在学生や発表などから調査し、問題教員・問題従業員とはなるべく関わらないようにする。
・アカデミックハラスメントを受けたらあるいは他人が受けているのを知ったら、学校・警察・消費者庁・国民生活センター・弁護士・友人・親・自分よりも頼りになる大人などから適切で自分がここと思う相手に、通報・相談・抗議などから適切でこれと思う内容を行う。(他人が被害を受けている場合でも、次は自分がその従業員または別の従業員から被害を受けることになるかもしれません。)
・アンケートに発生したアカデミックハラスメントの内容を反映させた記入を行う(複数の人で行うのも一つの方法かもしれない)。問題教員の教育業務からの排除を求める記述を行うのも一つの方法かもしれない。
・署名活動や意見書や質問書を提出するのも一つの方法かもしれない(複数の人で行うのも一つの方法かもしれない)。


 〈アカデミックハラスメントを受けると特に困ると思う場合〉
 選択授業で今回その授業で単位を取れなくても、次の学年に進めてもう一度別の授業を選んで単位を取れば進級・卒業に問題ない場合は、アカデミックハラスメント受けさらに不当に単位を取得できなくても、被害を受け余分に作業をしなければならなかったとしても、なんとかなる場合もあるかもしれない。だからといってアカデミックハラスメントを問題ないと言っているわけではありません。
 しかし、研究室配属のような一定期間それなりの時間それなりに関わって過ごす必要があり得て、さらにその結果進学や就職や起業活動や他の大学生活にも大きな影響がでるかもしれない場合大問題になるかもしれない。

 〈こんな人は比較的アカデミックハラスメントにうまく対処できるかもしれない人〉
 正社員・起業などでそれなりの活動をしていてそのなかでアカデミックハラスメントへの対応力をもって大学へ入学し、アカデミックハラスメントに対処するのをそれほど難問とは思わない人。  
Posted by 大学教員を許さない at 00:45Comments(0)
 幼児などの年齢の低い子供の教育をどうすべきかについて考えてみる。

 まず、親や家庭が何を子供に教えどう育てたらよいかについて、しっかりと知恵を持っていて経験や学んで知っていることが重要だろう。教育って学校教育とか学習塾を含めた習い事だけではないのだ。親や家庭が教えることだって教育で、親や家庭が教えることって重要なのだ。

 年齢の低い子供の教育を学校や習い事など、親や家庭のような自分達以外に全てを任してしまうという発想はとても理解できない。こんな重要なことは親や家庭が自分達でしっかりとするべきことだろう。特に子供の年齢が低い時期は親や家庭が子供の教育にしっかり関わるべきだろう。教育というのは国語や算数を教えることだけを意味するのではなく、生きていく上で遭遇することあらゆることに関して教えることを意味する。その人の人生がすばらしいものになるように育てることが重要だろう。

 学校や習い事といっても、そこで登場する人が必ずしも優れた人間性の持ち主とは限らない。問題人物、教育者としてふさわしくない人もいるだろう。人間性に問題があり問題人物である人がいるのは教育業界だけではないだろう。他の業界にもいるだろう。人間性に問題がある人になったのは、仕事以外のことが原因かもしれないし、仕事環境がそうしたのかもしれない。社会にとって正負のどちらの影響かは何をもってそう判断するかだが、ある見方をすれば負の影響を与えている仕事があるだろう。様々な仕事を思い浮かべてほしい。そういう負の影響を社会に与える仕事を作業としてするうちに環境が人間性を狂わしていったのかもしれない。しかし、母親が母性を狂わせそれで子供を育てることがよいことだろうか。もちろん現実問題お金は重要だ。収入を得る活動をする必要がある場合はあるだろうし、母親が働かなくても万一収入を得ている人が病気になった時のためとか、生きがいとか、貯蓄とか、そういうために働くことを否定しない。しかし、母親は人間性を狂わせ母性を狂わせるようなことにならないようにすべきだろう。

 資本主義と、共産主義や社会主義という対立軸について、資本主義や共産主義や社会主義といっても様々な有り様が考えられるだろうが、共産主義や社会主義が全体主義思想・画一化に行き着くということを考えることができたとして、資本主義はどうかというとやはり金儲けで資本家が資本を多くもつと独占の方向に向かい資本を通して社会を画一化する方向に進むことが考えられるであろう。

 何を右派左派というかの問題はあるにせよ、極左を北朝鮮のような共産主義とした時、個性や自由を失った全体主義や画一化されたものの強制になるし、極右を国粋主義・排他主義・ナショナリズムの極端なものとして考えるならこれもやはりある領域内であるものを押し付ける画一化になるだろう。

 グローバル化といった時、国境をなくし全てを均一にすることを極端におし進めるとこれも画一化になるだろう。

 共通することは画一化・没個性である。
 個性・個人を大切にするか画一化・全体化するか、この視点を取り入れて物事を考えると別のものが見えてくるのではなかろうか。

 学校教育はその内容を作る勢力が支配してしまえば、個性を消し画一化するための道具になる。学校は人間を家畜として飼う道具となるのだ。学校で教えていることが世の中の全てであるわけがない。

 もちろん日本語が使えたり、算数ができたり、これはある程度みんなに共通してできるようにした方が今の世の中良いのではないかということもあるだろう。たとえある一つの授業時間のあるクラスの単位であっても画一的なことを一切教えてはならないなどと言っているのではない。
 また、日本人という民族の独自性を否定するものでもないし、大規模自然災害の時には国のことや自国民のことを思うのを悪いと言っているわけではない。問題としているのは国家が個人を支配してしまうことである。
 他国が大規模自然災害の時にあった時、支援するのを悪いと言っているわけではない。

 年齢の低い子供の教育は、親や家庭での教育を重視し、個性を大切にすべきである。その上で習いたいのなら習うとよいことは習い事などを使い、学校もどうせ行くなら役立つ部分は役立てると良いのだが、個性を喪失し人間性を喪失しないようにしたいものだ。学校教員には人間性が壊れた人がいる、悪い影響を受けないことだ。学校の問題点を理解しておくべきだろう。学校は人間を統制する道具だ。
  
Posted by 大学教員を許さない at 01:00Comments(0)
 大学教員でろくなことをしている人がどのくらいいるだろうか?
くだらないことをして時間をつぶしている大学教員って多いのではなかろうか?
研究、あなたの研究何の意味があるの?
意味がないことをやることに価値がある、すぐには価値がなくてもいつか価値がでるかもしれない、こんな答えはくだらない。本当にいつか価値がでるとその時は良いのだが。
教育、教えている内容に価値があるの?相手ができるようになるよう指導する力はあるの?
大学教員はアカデミックハラスメントを行ったり、大学生を奨学金返済で困らせたり、くだらないことで学生の時間をつぶしているのである。

 大学教員なんか単位・卒業証書発行の力があり、だからやっている仕事はくだらなくても権力があるわけだ。
大学教員に権威を感じる人感じない人いるだろう。自分が大学教員に権威を感じなければ権威はなくなる。
もちろん、単位・卒業証書発行に権力はあるが、権威がなくなれば権力も弱まるだろう。
権威がなくなれば、講演の依頼や兼職みたいなことをして欲しいという依頼も大学教員なんか相手にしても仕方がないとなるだろう。そうすれば権力は弱まるだろう。
行く価値のない大学にみんなが行かなくなり大学に行く人が減れば大学教員の権力は弱まるであろう。

 大学教員の権威を崩壊させ、権力を弱体化させるべき時ではなかろうか。  
Posted by 大学教員を許さない at 00:21
 入試の面接の質問、志望理由、これはふざけた質問だ。
答え、くだらん学校だが、高校卒とか大学卒になりたくて、資格が欲しくて、他よりましそうな学校だから。
なお、この答えを入試でして不合格になってもどうなっても入試結果には責任をもてません。

 金をとり、時間を奪い、ろくな指導をしないから実力がつかない、これが学校だ。
ただ単に単位とか卒業証書とか資格が取れるから行くだけの話だ。それがあるから学校には力があるだけの話で、それがなければガラクダだ!

 ろくな指導をしないくせに、単位や卒業の基準だけあげられたら、学生にとって迷惑。
学校は金を払ってもらうのではなく、学生にろくな指導をせず時間を奪う迷惑料を払うべき。

 学校に行ったせいで、いじめやハラスメントのように被害にあっている人もいるだろう。死んでいる人もいるだろう。
金を払って被害を受けに学校へ行きたいかよく考えよう。
金を払って行くに値するところかよく考えよう。

 成績なんて教員の気分で評価基準を作ればどうにでもできるものだろう。
特に、大学なんて、教員の気分で嫌がらせとかで単位を取れないようにしたり、何をしてくるかわからないだろう。
卒業・進級に必須の単位で嫌がらせで単位を取れないようにされたらどうする?
どんな教員が学校ででてくるかわからない。
仮に、この人はいい人と思う人がでてきても、変なのがいて、それのせいで卒業・進級に影響するかもしれない。
そういう不安がある学校に行くべきかよく考えるべきだろう。

 特に大学院、研究なんてどうなるか運不運もあり、テーマを教員が決めたら、自分で決めるのだって教員が承認しているだろうしやってみて上手くいくいかないがあるだろう、そんなんで卒業できるか気にしないといけないって精神的に良いことか?
だいたい、研究なんて運不運もあるし、何をもって努力したか、基準に到達したかなんか判断が難しいだろう。

 仕事をすれば、金をもらいながら、金を稼ぐ方法を学べる。学校に行くのとどっちが得か?特に大学院。
今学校で楽しくしていても、いつどんないじめやハラスメントなどを受けるかわからない。

 仕事をしながら学校に行くのも一つの方法かもしれない。
これなら学校をやめてもそもそも学校より仕事がもともと大切だし、教員にふざけた態度をとられる可能性が減るかもしれない。

 大学教員・学校教員、こいつらは尊敬すべき存在でない。他人の人生を破壊する人間のクズ、社会のゴミ、そうではないかと思って考えてみるとよいかもしれない。
  
Posted by 大学教員を許さない at 14:52
 学校へ行くなら学校を選ぶべきだ。習い事(学習塾を含む)も同様。
もし学校・習い事(学習塾を含む)へ行くなら選択の観点の内のいくつか。(別に行くように勧めているわけではないし、他にも選択の観点はあるだろう。)

 学校教員・大学教員・学校従業員が犯罪やハラスメントなど問題を起こす学校、学生が犯罪を犯す学校、学生が自殺する学校、こういうことは知っておくべきだろう。
ある学校で過去にそういうことがあったとしたら、その組織と関わることにより、学生にとって悪い結果になる環境がその学校には存在する可能性がある。
あなたがその学校と関わると不幸せになるかもしれない環境だ。
学校側の人間が原因であれ、学生が原因であれ、原因が何であれ、その組織と関わるでもし自分が不幸せになるとしたらどうだろうか。
例えば、犯罪被害を受ける、自殺する、従業員にハラスメントを受けその結果自殺するかもしれない、自分が犯罪を犯してしまう、これらのことが、その学校の環境がそうなるように後押しする環境で自分がそうなったらどうであろうか?
その学校、どういう環境か考えるべきではなかろうか。

 その他のこととして、サービスをしっかり提供できる経営見通しかどうか。
例えば、放火された場合その学校が悪いのかという問題があるだろう。
学校に問題がある場合、そうでない場合あるだろう。
しかし、利用者として損しないためには、自分がサービスを受けることができなければ意味がなく、その学校がサービスをしっかり提供できる経営見通しかどうかを考えるべきだろう。  
Posted by 大学教員を許さない at 16:29
 放射能がまき散らされてもニコニコしていればいいのだという考え方らしい山下俊一で有名な長崎大学、これはもはや長崎大学は人を殺すための象徴といえるだろう。
 人々を殺すつもりか。

 長崎大学を人を殺すための象徴とみなす。
 長崎大学の従業員を人を殺すための象徴の協力者とみなす。

 長崎大学はいらない。廃校しろ。

 長崎大学はもはや大学とは言えないだろう。
 人々の敵である。

 早く長崎大学、廃校しろ。
 こんな大学に税金をくれてやる必要はない。

 長崎大学さん、日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターの事故、肺からプルトニウムが検出されてもニコニコしていればいいのでしょうか? 
  長崎大学さん、広島および長崎の原爆投下、放射能で死んだ人や病気になった人はニコニコするのが足りなかったから死んだり病気になったのでしょうか? 
 長崎大学さん、では、仮に北朝鮮が核ミサイルを日本に落としたとしても、ニコニコしていれば放射能は大丈夫なのでしょうか?

 長崎大学いらない、廃校しろ!
  
Posted by 大学教員を許さない at 21:03